目が覚める。昼に近い朝の陽ざしが、とても眩しくて目を開けていられない。それでも少し遠くから漂ってくる、香ばしく美味しそうなにおいが、私の意識を眠りから引き剥がす。
何かを焼いている音。それに交じって微かに聴こえてくる、趣味じゃない曲の音色。あ、来てるんだ、と、気づいた瞬間、うれしくて体が起き上がってしまう。
「晴信、来てたんですね」
キッチンカウンターの向こうには、仏頂面の晴信がいた。私の幼馴染、腐れ縁、ダメな私の世話を焼いてくれるあまくてやさしい大好きな人。
「顔……いや、シャワー浴びてこい。酒臭い」
大好き大好きと言っているのは私だけで、晴信は毎回嫌そうな顔をしてうちに来る。うちにやってきては、散らかった部屋の真ん中で泥酔して寝ている私を叱ったり、部屋を片付けて美味しいご飯を食べさせてくれる。
今日も今日とて晴信は部屋の掃除を済ませた後、洗濯機を回しながら朝食を作ってくれていた。朝ごはん、なんだろう。フライパンを握る手元を覗き込もうとするとにらまれる。そんなにお酒臭いだろうか? 早くシャワーを浴びてこいと言いたげな視線に唇を尖らせる。
「だって……それ、もうすぐできるでしょう? ちゃんとあったかいうちに食べたいし、食べたらゆっくりお風呂に入りますから」
晴信はじっとりと私を横目でねめつけて、「なら顔だけでも洗ってこい」と、結局甘やかす。はぁいと返事をしたあとは、洗濯機が唸る脱衣所へ。
そもそもは進学のための一人暮らしが発端だった。実家から遠く離れた場所で暮らす子供たちを心配した親が、「同じマンションなら何かあっても頼れるだろう」と勝手に住まいを決めてしまったこと。晴信がどう考えていたのかはわからないけれど、私はすっかり安心して、晴信に頼りきりになってしまった。具体的にいうと、めきめきと自活能力を身に着けた晴信に、生活のインフラをほとんど丸投げしてしまった。とはいえ最初のころは私だってきちんと生活しようとしていた。忙しさにかまけてろくに何も食べずにふらふらしていたのを見つかったあの日から、晴信は私の生活に目を光らせている……目を光らせてくれている。進級しても就職しても、晴信は私を見捨てなかった。きっと晴信が長男で、私が末っ子だからに違いない。面倒見が良すぎるのも考え物だな……なんてことを思いつつも、私の末っ子気質は治らなかった。多分、晴信の長男気質も。
遠い昔を思い出しつつ、お説教をBGMにフレンチトーストを食べている。私も私だけど、晴信も晴信だ。これまで何度言われても聞かなかったのにまだ諦めないとは恐れ入る。というか、せっかく美味しい朝ごはんを食べているのに説教されては台無しだと思う。それを言うと「誰のせいで俺がわざわざ説教してると思ってるんだ」と、火に油を注ぐ結果になるのが見えているので何も言わないけれど。
私だって、私なりに考えている。部屋が散らかり始めて、今週晴信が来なかったら自分で片付けてみよう、料理も一人でやってみよう、そう決めた日に限って晴信が買い物袋を提げてやってくる。だから私が自立できないのは晴信が甘やかすせいで……もう来なくていいと言えない私のせいでもある。
これは共依存というやつなのでは? やっぱり二人、離れ離れになったほうがいいのでは? それはわかっているけれど、やっぱり離れ離れは寂しい。だって今までずっと一緒だったのだから。きっと晴信だって同じだ。「おまえが自立してくれたらどれだけ楽になるか」なんて言うけれど、本当に本心からそう願っているとは思えない。だからいっそのこと、
「いっそ一緒に暮らしませんか?」
コーヒーのカップを口に運んでいた晴信が、動きを止めて私を見据えている。本気か?と言いたげな顔は、すぐに脱力したがっかりの顔に変わった。
「冗談はよせ」
本気で言ったのに、晴信はまともに取り合おうとしない。
「それで俺に何の得があるんだよ」
「ありますよ」
私だって根っからの怠惰ではない(と思う)から、晴信が同じ家に住んで目を光らせてくれればちゃんと掃除も片付けもする。美味しいご飯を作ってもらったら、後片付けは担当する。できるだけ叱られないように頑張るけど、まったく叱られないのもそれはそれで寂しいから時々は叱ってほしい。
まあとにかく。
「退屈はさせませんよ!」
それだけは断言できる。だから一緒に暮らしたい、きっと楽しいから。そう笑うと、晴信はとうとう、頭を抱えてしまった。そんなに嫌なんです? 尋ねると、首を横に振る。長い溜息を吐いた晴信が呆れていたのは私ではなく、
「……そうだろうなと思った自分が嫌になっただけだ」
自分だった、らしい。
結局私を放っておけない晴信と、晴信に構ってほしい私。二人が少し広い部屋に揃って引っ越したのは、それから一か月のことだった。