小説 · 2023年9月28日

かつては肩を並べて

「はあ、そうすると先生方、まるで天皇陛下のようですなあ」
 しみじみと感慨深い、と言いたげな感心がその言葉の中にはあった。天皇のようだ、と、言われた方の俺は、まったくなんのことなのかわからずに「はい?」と裏返った声を返してしまう。相談者のじいさんは「ああ、失礼しました」と、本当にそう思っているのかわからない顔で笑っている。
「亀山先生、村上先生、どちらも天皇の諡と同じですから」
「――ああ、そういうことですか」
 亀山というのは俺のことで、村上は去年迎えた新入りのことだ。確かに亀山天皇、村上天皇、日本史の教科書で見た記憶がある。同じタイミングで村上も理解したらしく「ああ~!なるほど~!」と、学生気分の抜けない明るい声を上げていた。
 法律相談のために弁護士事務所を訪れる人間にしては、爺さんは朗らかだった。相談内容がトラブルがらみというわけではなく、今後の財産管理と遺言作成に関するものだからだろうか。雑談を挟みながらの相談が終了し爺さんが出ていくと、村上弁護士が思い出したように笑う。
「亀山先生とセットだとロイヤルになれるんですね~」
「何がロイヤルだよ、たまたまだろ」
 そんなにおかしいだろうか、と、苦笑していると、湯呑を下げに来た事務員が、
「ちょっとちょっと、先生方だけじゃないですよ、私も!」
 と、割って入ってくる。私も、という彼女の苗字は、
「ほんとだ! 白川さん!」
 してやったり、とばかりに口の端を上げている白川さんは得意気だが、正直それは惜しい。天皇の方は確か、白河じゃなかったか。「”カワ”違いでしょ」と指摘すると、
「そんなの誤差の範囲ですよ、大体ほんまもんが揃ってたらちょっと恐れ多いと思いません?」
 だから丁度いいんですぅ、と、白川さんは結論付けて給湯室へと洗い物に入っていった。村上は三人そろったのがツボに入ったのかまだ笑っている。
「お前何がおかしいんだよ」
「えっへへ、あは、ごめんなさい、でもすごくないですか? こうなったらもう一人くらいロイヤル弁護士入れましょうよ!」
「なにがロイヤルだよ、大体人増やすほど仕事ねえぞ」
「え~じゃあ入れる入れないは別にして、亀山先生のお知り合いとかにいません? ロイヤルな人。えーと、醍醐とか? 天武とかはないですよねえ……人の苗字でありそうな……う~ん」
 村上が声に出してうんうん唸っているので、俺までつられて考えてしまう。醍醐はありそうだけど後醍醐はさすがにないよな、そもそも天皇の名前自体そんなに詳しくない。それは村上も同じだったようで、インターネットでなにやら検索している。仕事もせずにこれだったらさすがに咎めるが、村上は仕事の出来については文句の付けようがなかった。なので、しばらくは好きにさせる。
「あ、あった。えー……と……あ、三条とかどうです? 花山、カザンじゃなくてハナヤマさんならいそうですよね。あとは~……朱雀? 亀山先生、朱雀って苗字あると思います?」
「知らん」
 無視して書面の作成を続けている間も、村上はくだらない「調査」を続けていた。腕時計をちらと確認すると、時刻は三時の五分前だった。あと五分は大目に見てやろう。どうも相手が若い女子だと強く出られないので、調子が狂いそうだった。
「村上先生、清和さんとか、どうです?」
 まさかの援軍、白川さん。三人分の湯呑を盆に載せて給湯室から出てきたと思ったら村上に入れ知恵しだす。
「……」
 無言で湯呑を受け取るのは俺のささやかな抵抗だった。そうこうするうちに二人はヒートアップして、次から次に苗字を投げかける。宇多、堀河、二条、一条、六条、鳥羽、高倉……こうして並べられると、案外天皇の名だった苗字というのは多いことに気づかされた。巻き込まれた俺は油断していたのかもしれない。
「伏見!」
「いない」
「えー? 花園はどうです?」
「いない」
「じゃあ、嵯峨!」
 その名前を聞いた一瞬、胃の腑が浮いたような錯覚を覚えた。
「――いや、いない」
 なんとか答えた俺を、村上が見ている。不自然さに気づかれたのかとひるんだが、そういうわけではなかったらしい。
「なかなかいないですね~……亀山先生、検事時代の人でもいいんですけど」
「だからいねえよ。お前、この事務所をどうしたいんだよ」
「え~? 亀山・村上法律事務所にもう一人天皇の名前が並んだら単純におもしろくないですか? わかる人にはわかるインパクト大! ですよ?」
「……バカヤロウ」
 イロモノ事務所じゃねえんだぞ、とだけ釘を刺して、俺は再び書面と向き合う。村上もいい加減飽きたのだろう。パソコンの前から移動すると、案件ファイルの棚へと向かっていった。文章は思い浮かばず、すでに文字になった情報も意識の上を滑っていく。
 先ほどの村上の、若さゆえのまっすぐな目が俺に過去を思い出させる。嘘はついていない。嵯峨なんて弁護士の知り合いは、俺にはいない。
 あいつは、最期まで検察官だった。ヤツ自身の信じる正義をまっとうし、検察官として死んだと聞いた。
 俺が知っているのは、ただそれだけだ。

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