そこは最早文明を放棄したも同然の、茫漠の廃墟だった。
堅牢さを誇る建物は悉く崩れ落ち、本来果たすべき機能を見失っている。真夜中の闇、生命というものはまったく感じられないその場所に、しかし人の姿が――四つ。いずれも人の姿はしているものの、うち二つは虚ろな仮初。
サーヴァント・ライダー。
サーヴァント・ランサー。
それらを現世に繋ぎ止める要石たるマスターが二人。
聖杯戦争は佳境を迎え、今――最後の一騎が決まろうとしている……かに思えた。
互いを見据えたままの二騎が指先すら動かさぬまま、どれだけの時が経っただろうか。それぞれの後方でマスターの二人はあるいは焦れ、あるいは苛立っていた。
何故動かない――その焦燥は、契約を通じてライダーにも伝わっている。不快。ライダーが感じたのはそれだけで、特段、マスターに忠義立てする気もありはしない。ただ、わずかな精神の揺らぎは確かにライダーの纏う、いわば殺気のようなものを乱した。
それを見逃さぬランサーではない。
およそ常人では認識も叶わず、理解すら及ばぬ疾(はや)さ。槍の柄を握りこみつつ踏み出したランサーは迷わずライダーの首元目掛けて振り下ろす――ライダーにとっては予測の範囲内だ。向かってくるならば迎え撃つまで。血が燃える。赤い焔が全身を燃やすように、魔力が活性化(ブースト)する。しかし常ならぬ高揚は自身の魔力量だけではない。マスターが令呪の魔力を重ねて送り込んだらしい。
(余計なことを)
水を差された、というよりはむしろ矜持を穢されたライダーは憤りをかろうじて留める。まずはこの拳でランサーの胴を砕くのが先だ。そう決めて息を吸い、握りしめた拳をいっそう強く握りこむ。
緊張、昂奮、恐怖、逡巡。あらゆる感情が浮かんでは消えていく。
ランサーが槍を振りかぶったその刹那、辺りの空気が重苦しさで歪む。その重圧は誰もが感じたが、明らかな異変が起こったのはランサーだけだった。
「⁉」
血流をすべて止められたような苦しさがランサーをその場に留める。瞼すら動かせない、これは――
(魔眼か!)
ランサーの視線の先では、ライダーのマスターが両の目を見開いていた。紅玉のような瞳から視線を外せない、動けない、ライダーの拳を、避け切れない。
なんという末期、なんという結末。珍しく苛立ちが、ランサーの脳裏を満たしていった。令呪によってさらに強化されたライダーの拳は、ランサーの胸を貫きその心臓を、霊核を――砕かなかった。
「――え?」
何か重たいものが落ちる音の後、間の抜けた声が地面のあたりから発せられる。ライダーのマスターは、最早疑問ばかりに思考を支配されていた。
なぜだ、なぜだライダー、どうしてランサーの霊核を砕かなかった。それで俺たちは勝利できたはずだ。せっかく令呪を切ったのに! ランサーを魔眼で止めたのに! どうして! どうして俺の首まで落とす! この――
「約定破――」
断末魔の叫びは、炎に消えた。太刀を振るいマスターの首を落とした本人であるのに、ライダーは見るに値しないといった態度で意にも介さない。とにかく、魔眼の呪いをかけた人物が死亡したことで戒めが解かれたランサーは、多少の居心地の悪さとともに立ち上がる。ライダーの腕は、あのまま自分の胸を貫けたはずだった。しかし僅かに力が緩められた拳は軌道を逸れ、ランサーの体を弾き飛ばすに留まった。それを何故と尋ねるほど、鈍感でもなければ浅い付き合いでもない。
「……何も殺すことはないでしょうに」
ランサーは軽く咳き込みつつ炎に視線を投げる。
「薄情なのはおまえもだろうが」
ふんと呆れたように鼻を鳴らしながら言われると、それは確かに返す言葉もない。背後で自分のマスターまでもが炎に包まれているのは気づいていた。助けたところで命は救われぬだろうし、ランサーにも特に助けようという気は起らなかった。魔眼の呪いを受ける直前、背後からそれを補助するような術式をかけられた。二人がどういう仲でどういう意図を持っていたのかは今となっては知る由もなく、そして知る気も起らず、知ったところでどうもしない。
結局のところ自分たちが望むのはたった一つだけ。
おまえと/貴方と、戦い続けること。
そのためには何もかも投げ出そう、捨てよう。己がマスターの命すら顧みることはない。とはいえ、要石がなくなれば退去は必定。
「せいぜい夜明けまでか」
ライダーの腕からは、力が奪われていく。
「それだけあれば三度は殺せますよ」
槍を握る感覚もランサーの手からこぼれていく。
しかし、それが戦わぬ理由にはならない。
闇の中で白く赤く焔が燃え、混ざり合っては一際強く輝いていた。
戦いは終わらない。
遠い過去に燃え上がった焔が、今もまだ燃え続けている。
(了)
*
いつかのどこかで聖杯戦争のサーヴァントとして召喚された二人がなんやかんやするIF。