小説 · 2024年9月22日

川中島はこんなことしない:SS-1

長尾景虎の憂鬱
 はあ、と、物憂げな嘆息を一つ。長尾景虎は自室の中で頬杖を突き、見るともなしに閑散とした庭に目をやる。考えることは庭でもなければ自邸のことでもない。つい昨日まで滞在していた海津城でのあれこれだった。
 甲越の同盟が成り、どういうわけか武田晴信と肌を重ねること幾度。昨日も軍議だ何だの諸々の所用を片付けて、双方の家臣を交えての酒宴をこなして、その後は城の最奥で二人、朝まで睦みあった。晴信はさすがの海千山千手練手管ではあるが、景虎とて彼に朝まで付き合う程度の体力はある。疲れているわけではない。ないのだが、彼女を確かに悩ませているのが未だ熱の残滓を体に残す、閨での出来事であるのは間違いない。
 この身体を暴いてあらゆることを教え込んだのは晴信だ。彼の手、唇……身体のすべてによって、景虎は快楽という快楽を教え込まれた。いっそ捻じ込むとか押し込むとか、そういう言葉が似つかわしいかもしれない。それほどの荒々しさで晴信は景虎を抱く。怒濤のように押し寄せる快楽を受容しきれずに待ったをかけても、「ああ、おまえはここが好きか」と、いっそうねちっこい愛撫を施す。もういっそ絶頂させてくれと言っても、「気をやったら終わっちまうだろう?いいのか?」と、意地の悪い顔でひたすら焦らすことにばかり没頭する。泣いて懇願してみれば、「少しは耐えてみせろ」と言いながら唇で塩からい涙を拭ってくれる。意地が悪いのか優しいのかもうわからなくなったころ、ようやく晴信は景虎の中で果て――そのときにはもう景虎は、ほとんど人事不省で、晴信が体を清めてくれているのをぼんやり感じている有様だった。それがどうにも、
「情けない……」
 はあ、と、嘆息をもう一つ。彼の、幾人かの奥方ならば自分のような醜態は見せないだろう。晴信だって呆れているのではないか、とも思う。自分は確かについこの前まで生娘だったけれど、歳も歳だし同衾も一度や二度ではないのだから。いつまで経っても若い娘のような反応ばかりで手を焼いているのでは、いつか自分は飽きられ疎まれ、抱かれることもなくなってしまうのでは……という不安が、景虎に物憂げな表情を強いているのだった。
 そして何より、こんな恋慕の情を持ち合わせていることを知られては、晴信とて扱いに困るだろう、というのが、景虎の目下最大の悩みだった。ただの同盟だったはずがどうしてこうなったのか……。
「人の心とはわからぬものです」
 まさか自分に対してそう感じる日が来るとは思いもしなかった景虎の、数えきれないため息が晩秋の空に融けて消えた。

武田晴信の懊悩
 人払いを済ませた自室で、武田晴信は腕を組み、むっつりと黙りこんでいる。両の目がきつく閉じられた様は、さながら軍略を巡らせているかのような緊張に満ちていた。家臣がここにいたならば、すわ小田原攻めか、上洛か、などと色めき立ったに相違ない。
 が、晴信が思案しているのは隣国攻めでも天下取りでもなく、なんなら思案という言葉も的外れとすら言える。彼はただ、毎度毎度の己のふるまいについて自省の念を強くしているだけだった。
 ふるまいというのは、長尾景虎に対するもの、それも、陸み合っている最中の、だ。昨夜もまた、いつものように無理を強いてしまった……と、晴信は年甲斐のない己を恥じている真っ只中だった。
 そもそも、景虎とこれほど深い仲になろうと思っていたわけではない。同盟が成って顔を合わせることが多くなり、見目も良ければ所作も美しい彼女にふと指が動いてしまったのが発端だった。若干の罪悪感と不体裁を頭の隅に追いやりながら、しかし晴信は結果として、その清らかな身体を無我夢中で貪ってしまった。一度知ってしまった以上、二度三度と肌を重ねることは避けられなかった。その度に、いっそう景虎に耽溺していく己を認めざるをえない。元服したての若造でもあるまいし、まして子まで幾人もこさえておいて、女一人にここまで入れあげるとは思いもよらなかった。何がそこまでさせるのか――自問する必要もない。景虎の、いつまでも損なわれない清らかさが、彼の嗜虐心を刺激するからだった。何度抱いても初々しい反応で晴信の青臭い獣性をじくじくと呼び覚ます。毎度毎度、快楽のためだけではなく泣かせてしまうたびに、己の欲望を受け止めてぐったりと弛緩した体を抱き起すたびに、またやってしまった、と、らしくもなく項垂れてしまう。こんなことは初めてだった。自分に抱かれた女は、皆そのうち慣れてしまうし、自分だって慣れていく。景虎もそうではないかと思っていたのに、何度抱いてもその気配すらない。今回こそはという期待は、いつしか「今回もこのままでいてくれ」という切願に変わっていた。
 そして晴信の胸中に、これまでとは違う「怖れ」が生まれていた。こんな抱き方をしていては、早晩景虎に拒まれるのではないか――。
「……それは、困る」
 次こそは優しく抱いて、本心から悦ばせたい。毎回こう考えているのは事実なのだが、如何せん上手くいかない。原因は自分だとわかってはいるが、しかし本当に自分だけの問題だろうか?という疑問も否定できない。
 武田晴信の眉間の皺は、さらに深くなるばかりだった。

(終)

いつか「川中島はこんなことしない」というタイトルの一人アンソロを作りたくて書き溜めています。「そうはならんやろ」ってネタばっかりを集めたやつ…。これは二人の時代に甲越の同盟が成っちゃってついでにどうにかなってしまった二人の仲ってやつ。

ロゴは仮…

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